長期投資家の企業分析

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 昨年から執筆中で悪戦苦闘しているのが、表記の新著である。 この連休も意識的に予定を空けて机にしがみついたが、思うほどには進まない。 このままのペースだと原稿を仕上げるのは秋口になりそう。

 なにが問題かというと、この30年ほどで世界の株式市場が様変わりになってしまったことだ。 われわれのような長期投資が絶滅危惧種化している横で、投資家全般の短期指向が驚くほどに進んだ。

 株価形成においても、企業の将来可能性とか利益成長を見込んで、長期視野で買おうとする投資家は少数派となっている。 一方、ヘッジファンドの売り買い両建ての投資に代表されるように、ひたすら値動きをとらえて短期の投資収益を積み上げていこうとするディーリング運用が主流となってきている。

 あるいは、日本株投資で機関投資家運用の80%近くがインデックスの売買となっている。 個別株をていねいにリサーチしてタイミングを見ながら投資するのではなく、ただ単純に平均株価の値動きを見ながら、現物と先物との値ざやを取りに行くだけの運用だ。

 その背景には、この30年余り世界中の年金のほとんどが運用会社をして、 ”毎年の成績を問う資金運用” に引きずりこんでいる現実がある。 年金という世界最大のスポンサーが毎年の成績最大化を求めるとなれば、その要求に従って短期の運用に特化せざるを得ない。

 幸か不幸か、運用ビジネスの IT 化が急進展したこともあって、短期の値ざや取りディーリング運用の技術的ネックが取っ払われた。 いまやインデックスの現物と先物を活用することで、大量の資金を瞬時にそれもグローバルベースで売買できるようになった。

 ひたすら株価変動やインデックスの値動きを追い回しては、運用成績という数字を積み上げようとするのは、もうマネーゲームの世界といわざるを得ない。 投資本来の、経済活動を活発化させ富の増殖を促し、人々の生活を豊かにしていくという役割は捨て去られてしまっている。

 もっとも、年金はじめ多くの機関投資家が口では長期の運用哲学とその意義を語っている。 しかし現実は、毎年の成績に縛られた資金運用に明け暮れているのだ。

 こういった世界の株式市場の現実を見るに、執筆中の ”長期投資家の企業分析” がどうも絵空事のようになってしまう。 しかし、ひとたび企業経営や経済活動の現場に目を移すと、それは絵空事どころか日々の現実である。

 そう、株式市場の短期指向化と企業経営との間で大きなギャップが生じているのだ。 片やマネー至上主義で片や富の増殖といった具合に、価値観や目的のギャップが生じているのに、機関投資家運用というきれいごとを間に挟むと、なんとなく収まってしまう。

 どうも、新著はこのあたりの矛盾に真っ正面からぶつかっていかざるを得ないようだ。 株式市場にはびこるマネー至上主義の弊害と限界を指摘しつつも、そのカウンターとしての生活者投資家の登場を強く提唱する。

 生活者投資家という新しい概念は、年金など既存の機関投資家と違って、企業経営や経済活動との間でギャップは生じない。 むしろ、紙の表裏の切っても切れない関係で、両者相携えてより良い社会を築いていくことになる。

 かなりお堅い本になるだろう。 しかし、年金運用など機関投資家がアクティビストや投資ファンドと利害を共にしている現実と、投資運用の本来のありようとを横に並べて、世の生活者の眼前に提示する意義は大きいと思う。