日本の国債どうみるか

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財政赤字はますます悪化の方向にあり、国の借金残高は国内総生産の2倍を超えようとしている。

国や政治が一刻も早く抜本的な改革に手をつけなければ、

そう遠くない将来に財政破綻やら国債の暴落やらで社会経済的な大混乱は免れないのでは。

国民の多くはそう感じている。

そして、やらなければならないこともみな分かっている。

 

少子高齢化で増え続ける一途の年金など社会保障費を賄うには、

消費税を目的税化して税率を15%ちょっとまで引き上げる。

それでもって、

今後ますます増えていくであろう若年層の負担を減らしつつ、高齢者の老後不安を一掃してしまう。

一方で、日本社会のあちこちに深く根を張っている既得権益層への利益誘導を優先しようとする、

旧来からの政治で積み上がってきた財政支出の無駄づかいを徹底的に削ぎ落とす。

そこで浮いてくる財政の余裕を将来に向けての成長戦略を次々と打ち出す。

 

これだけ一気にやってしまえば、財政収支の均衡から健全化のめどが立ってくる。

それはそのまま、膨大につみあがった国債の軟着陸にも明るい見通しが出てくるというもの。

残念ながら、誰もがわかる処方箋を断行しようとする政治家がいない。

時間だけがどんどん過ぎていく。

 

そこで、国債はどうなるのかといった疑問というか懸念が出てくるわけだ。

いろいろな見解がある。 先日も、国債の格付けが引き下げられたが、

それでも日本の場合は大丈夫だろうという楽観論は根強い。

一方で、いずれは値下がりが避けられないとする不安をぬぐいきれない人達まで、

それこそ百家争鳴といったところである。

 

われわれ長期投資家からすれば、国債を保有していなければ何の心配もないだろうの一言。

どうせ保有していたところで、年1.3%にしかまわらない。

世界的な超低金利もあり、国債価格の上昇余地はもうそれほど残っていない。

つまり、投資魅力に欠ける。

それだけのことだ。

ひとつ考えておくべきことは、もし仮に国債価格が値下がりに転じたら困るであろうところから、

できるだけ離れた立場を確立することだ。

たとえば銀行など金融機関は相当に厳しい状況に追い込まれる。

年金も同様だが、これだけは解約するわけにもいかないので、

事態を見守るしかないのは残念至極である。

 

どうする?

もちろん、経営基盤の確りした企業の株を買っておけば良い。

たとえ国債が暴落したところで、人々の生活がなくなるわけでもないから、

企業のビジネス活動はずっと続く。

株価は一時的な下げがあったところで、すぐ反発するだろう。

むしろ、債券からの資金シフトも期待できる。

 

明日は、企業さんの工場訪問で九州へ。

そのため、ブログお休みします。