ドイツでの長期投資

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 先週の木曜日に書いた ”ドイツに学ぼう” の続編になるが、今日はドイツにおける投資文化がどのように一般大衆の間に根付いていっているかについて考えてみよう。

 1970年代後半から、それまでの住宅建設促進を国民生活安定化の柱とした政策から、投資中心に大きく舵を切った。 もう住宅はドイツ国民の間におおむね行き渡った、次なるは投資による財産形成を一般化させようという基本政策の大転換だった。

 そうはいうものの、ドイツ国民の間では日本の貯蓄信仰に近い元本安全志向が岩盤のように強固であった。 そこを崩すべく、ドイツ政府は国民の株式投資や投信購入に対し、驚くほど大胆な税優遇措置を講じた。

 まあ、それまで住宅投資に振り向けていた財源を投資にまわしたわけだから、大幅な投資減税もそう唐突なものではなかった。 いわば、政策の目玉を住宅から投資に切り替えただけだ。 そういった合理的かつ時代適合的な政策転換が日本には見られないのが残念である。

 ともあれ、国の基本政策が投資優遇に切り替わったことで、ドイツ国民の間でも恐る恐る株式投資や投信購入に踏み切る動きが高まっていった。 そして、尻上がりに加速していった。

 たとえば、個人金融資産における投信購入比率をみるに、1980年には限りなくゼロに近かった。 それほど一般国民の間に縁がなかったものが、10年後の1990年には10%を大きく超えたのだ。

 当時、その現場近くで仕事していたこともあって、ドイツのみならずフランスやイタリヤも税優遇などで投信購入が一挙に普及していった。 表現は悪いが、投資後進国での投資の大衆化が爆発的に進んだのを、まざまざと実体験したのを覚えている。

 折しも、1980年代そして90年代は世界の株式投資が空前のブーム化した。 (日本だけは、90年代に入ってバブル崩壊で脱落していったが。) 好調な株価上昇の波に乗って、ドイツ国民の投資シフトは想定以上の好スタートを切ったわけだ。

 ところが、1987年10月にはブラックマンデーでと呼ばれる株価大暴落に遭遇した。 そして、1989年クリスマス直前のベルリンの壁崩壊を受けて、翌年の東西ドイツ統一後からというもの、ドイツは欧州の病人といわれるまでに低迷停滞の10数年を経験することになった。

 当然のことながら、ドイツ国民の投資熱は一気に冷めてしまったと思いきや、そこはゲルマン魂の不屈の強さをいかんなく発揮。 政策当局は一歩も引くことなく投資による国民の財産づくりを推し進めた。

 そして、シュレーダー政権による労働改革を経てドイツ企業と経済の驚異的な大躍進を迎えた。 ドイツ株は米国株式市場と競うように史上最高値更新軌道に乗って今日に至っている。

 政治そして政策当局のやるべきことを断行するドイツの姿は、もう羨ましい限りである。 ひとつだけ付け加えると、世界全体に本格的な長期投資が片隅に追いやられている。

 その横で、年金中心に毎年の成績を追う資金運用がこの世の春を謳歌し、その関連の運用が世界の投資ビジネスで主流をなしている。 それもあってか、ドイツにおける国民の投資熱も金融マーケットの短期的な変動に振り回されるきらいがある。

 ひるがえって日本は、相も変わらずの住宅促進と預貯金偏重に凝り固まっているが、さわかみファンドをパイオニアとして本格的な長期投資文化を根付かせてやろうという動きが高まっている。 国がやらなくても、民間の意識あるところが先行して時代を先取りしていこうということだ。