市場での最も大事な機能は、合理的な価格形成と、その情報発信である。
合理的な価格形成? ありとあらゆる人々が自由に市場に参加し、自在に自己利益の追求に走るのがポイント。
マーケット参加者それぞれが、なににもとらわれずに自己利益を追求するわけだ。
そういった、不特定多数の参加者による自己利益追求のぶつかり合いが、時々刻々と折り合いがついていく。
時々刻々と折り合いがついっていったところが、その時点時点での合理的な価格形成となっていく。
そして、時々刻々と形成されていく価格が、情報となって次なるマーケット参加を誘う。
不特定多数の参加者によって、自由自在に自己利益追求した結果の価格形成は、きわめて合理的である。
そこには、一切の恣意性は働いていない。 もちろん、政治的な圧力とかは無縁である。
だからこそ、そういった合理的な価格形成が、純度の高い情報となって次なるマーケット参加を誘引するわけだ。
その連続が、健全なる経済活動を促すわけで、市場がもつ最も大事な機能である。
ところが、この合理的な価格形成に対して、昨今は政治や中央銀行が関与しすぎている。
日本でいえば、1995年からの超低金利政策とゼロ金利そしてマイナス金利を、ずっと今日まで押し通している。
すなわち政策金利の引き下げや、日銀による事実上の財政ファイナンスといえる国債大量購入などでだ。
日本経済のデフレ状況を克服には、そうするしかないという政策判断でもって、市場の価格形成を圧し潰してきた。
反面、この28年間、一度たりとも市場機能による合理的な金利水準を尊重しようとはしなかった。
いってみれば、経済合理性をないがしろにして、経済的な不合理のマグマをずっと溜め込んできたわけだ。
溜め込んできた不合理のマグマは、いつか必ず爆発する。 その時は、日本の金利は噴き上がろう。
これを、市場によるしっぺ返しというが、ずっと積み上がった不合理のマグマは、とんでもない圧力となろう。
世界も同じこと。 リーマンショック以来、15年にわたってゼロ金利と空前の資金供給を続けてきた。
それに対し、インフレ圧力という刃が突き刺さってきて、金利は上昇してきた。
これは、経済合理性のしからしめるところで、各国政府や中央銀行といえども従わざるを得ない。
そう、日本も世界も経済合理性の圧力にさらされて、金利上昇と金利のある経済に戻っていくことになろう。