モノへの消費が旺盛だった高度成長期を経て、日本は買い替え需要主体の成熟経済になって、早くも30年。
そこへ少子高齢化と人口減少が覆いかぶさってきて、日本経済はずっとジリ貧に喘いだままである。
その間に、中国やインド経済の高成長はもちろんのこと、米国やヨーロッパ諸国でも経済規模は2倍を大きく上回る伸びとなっている。
ひとり日本だけが低迷の泥沼に喘いでいて、その間に米国やヨーロッパの国民所得は2倍以上に高まっているのだ。
どうして日本経済は、こうもダラシなくなってしまったのか? いろいろ各方面から指摘されている。
企業が戦略的な投資に消極的になったとか、IT化などに出遅れて生産性が上がらないとか、どれもこれも指摘のとおりである。
あるいは、日本社会に既得権や競争をさせない風潮がはびこっていて、結果としてゾンビ企業やゾンビ人間を大量生産しているとか。
激しい新陳代謝よりも現状維持を指向すれば、トレンドとして経済や社会の停滞は免れないのは当然のこと。
総じて、ぬるま湯に浸かって茹でガエル化していく道を、日本全体が歩んでいるのだ。
この状況を抜本的に変えるような荒療治、つまり現状打破は案外と誰も望まない。
その結果としての、日本経済や社会の停滞と元気のなさを、国民全体が選んでいるともいえよう。
このトレンドを止める、そして日本経済の活性化に方向転換させるには、どうしたら良いのか?
一度、ガラガラポン状態に落ちてしまった方が、新規まき直しとなって早いのではなかろうか。
極端な考え方に聞こえるかもしれないが、日本全体の茹でガエル化を止めるには、他に方法はないのかもしれない。
もちろん、ガラガラポンは経済のみならず社会にも大きな影響としわ寄せを及ぼす。
たとえば、年金生活者を含め高齢者層には、ひどい混乱をもたらそう。 老後設計が狂ってしまうどころの話ではない。
これまで謳歌してきた高齢者としての既得権、つまりぬるま湯が吹っ飛んでしまうのだ。
だからといって、選挙を待っても埒が明かない。 ガラガラポンとは、政治の力がとうてい及ばない状況なのだ。
もうそうなると、自分の力で生きていくしかなくなる。 経済の原点に立ち戻ることになる。
このあたり、そろそろ真剣に考えていきたいものだ。