人は、あり余ったものには見向きもしないが、足らなくなると聞くや無性に欲しくなる。
日々の生活においても、これはあちこちで見られる、ごく普通の現象である。
それが需要と供給のせめぎ合いとなって、経済活動を促進させているわけだ。
将来的に足らなくなると読み込んで、その需要に応えようと生産設備を準備したり、強化するのが企業経営である。
読み込みの時間軸をさらに長めにして、先々なにが足らなくなるのだろうかを考え、早い段階から行動に入るのが長期投資である。
足らなくなるであろうものの中には、人間も入ってくる。 日本の人口が減っていくからか?
違う。 日本の人口が減っていくといっても、現在の1億2670万人が2050年には1億人を割るかどうかという程度。
その時点においてさえ、現在のドイツより2千数100万人も多いのだ。 日本の人口減少をそれほど恐れることはない。
そんなことよりも、働かない人たちがどんどん増えていることの方が、はるかに深刻な問題である。
働き方改革だとか、ワークライフバランスを大事にしようとかで、国を挙げて働かない人間を増産している。
それもだ、日本は1980年代から、働きすぎだ、もっと休みを取れと号令をかけ続けている。
かれこれ40年近くも、国民に働くな働くなと言い続けてきているのだ、日本という国は。
その効果(?)もあって、がむしゃらに働く文化が、日本中あちこちで消え去っていっている。
国民が働かなくなって栄えた国なんて、世界の歴史をみてもどこにもない。 なんとも愚かな政策方向である。
国の愚かな政策など横へ置こう。 そんなことを論じている暇があったら、なにが足らなくなるかを考えよう。
そう、日本で決定的に足らなくなるものの中に、「仕事から多くを学びつつ、嬉々として働く人間」が挙げられる。
ゆっくり働き、仕事以外の人生や生活を大事にしたい人は、その方向でいけばいい。
一方、がむしゃらに働き、そこに人生の充実感を覚える人は、どんどん働けばいい。
日本の人口が減っていく中で、それよりも急減しているのが、この「仕事を楽しみながら、猛烈に働ける人間」である。
この人たちの価値は高まる一途、それは間違いない。