マネーが経済を引きずりまわしている(前編)

Browse By

マネーは、もともと経済活動で潤滑油的な働きをする、いわば便宜的なものに過ぎない。

便宜的なものとはいえ、その役割は極めて大きい。 マネーの活用が広範囲かつ高回転になればなるほど、経済活動は活発化する。

とはいえ、マネーはあくまでも潤滑油すなわち補助的な手段であって、従の立場にある。

主役はといえば、もちろん人間であり、人間が主導する経済活動そのものにある。

ところが最近は、マネーが主役然とした顔つきで、経済の現場に躍り出てきている。

そのひとつが、マーケットで利ザヤを抜いてディーリング益を狙う連中のところに、巨額の資金が流れ込んでいる現象であろう。

1秒間に千回、1万回といった売買を繰り返す高速ディーリングに、世界中の資金が集まって形成される価格が、世界の経済活動を左右してしまっているのだ。

もとはといえば、単に値ざやを抜いて稼ごうとする行動であって、マーケットでの価格形成に厚みをもたらす役割を期待されてのもの。

すなわち、経済活動をよりスムーズかつ活発に進める上での、潤滑油としての役割だ。

それが最近は、ディーリング益を狙う巨額資金が価格形成の主役となり、経済活動を置いてきぼりにするようになった。 本末転倒もいいところである。

あるいは、機関投資家などの投資マネーが株主利益を主張するあまり、企業に短期的な利益最大化を、これでもかこれでもかと迫っている。

企業の永続的な成長発展など眼中になく、いかにして企業から現金(マネー)を吸い上げるかしか考えない。

株主連中からすれば、企業からマネーを吸い上げた後は野となれ山となれで構わないのかもしれない。

しかし、企業の従業員や顧客にとっては、えらい迷惑である。 そんなことばかりが横行すれば、経済活動も社会もズタズタにされてしまう。

これもみな、マネーの横行がもたらしている、超のつくほどおかしな現象である。 というか、危険極まりない流れである。

このままいくと、マネー至上主義に世界中の経済活動が翻弄され、多くの人々の生活を根底から脅かすことになりかねない。