市場の暴走?公的な抑え込みより健全

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最近は「市場の暴走」といった表現が、とんと見かけなくなった。

それに代わって、国や中央銀行による市場価格の抑え込みが常態となってきている。

史上空前の資金大量供給だとか、ゼロ金利やマイナス金利政策の導入とかで、市場の価格形成を押しつぶしてしまっている。

資金をこれでもかこれでもかと市中に供給し続ければ、あり余ったマネーが市場の価格をどんどん押し上げる。

また、超低金利政策からはじまってゼロ金利やマイナス金利は、債券価格を天井知らずの高値にもっていってしまう。

国や中央銀行による政策が、市場での価格形成を一方向へもっていって、それで良しとしているわけだ。

これは、きわめて危険なことで、そのツケは経済全般のみならず国民生活にも押し寄せてくる。

そもそも市場では、その時々の需要と供給の力関係がせめぎ合って、その均衡点で価格が形成されていく。

つまり市場価格とは、その時々の買いと売りとがぶつかり合って、どのあたりが均衡点かを示している指標なのだ。

時々刻々と出来上がっていく市場価格が情報となって、後に続く経済活動を促す役割を果たすことになる。

したがって、市場での価格形成はオープンな参加者による、公平公正なものでなくてなならない。

もちろん、そういった市場での価格形成が時として暴走することもある。

需要サイドつまり買いの勢いがどんどん増して、価格を天井知らずで押し上げていく。

買って買いまくった挙げ句に、どこかで天井を迎えて暴落に遭遇し、あれはバブルだったと認識する。

あるいは、一刻を争う売り逃げが収拾のつかない暴落相場を演出してしまう。

誰も買おうとしない暴落相場を、売り逃げようとしても売れないどころか、さらに価格を押し下げて損失を拡大させる。

こういった、買いや売り逃げの暴走は経済活動の行き過ぎとして、当事者の間で処理されていくだけのこと。

ところが、国や中央銀行が力まかせで市場の価格を押しつぶしていくと、経済のみならず国民生活にもしわ寄せがくる。

ゼロ金利や資金の大量供給は、企業経営を弛緩させたり、税金で食っていくだけのゾンビ企業を大量発生させる。

また、ゼロ金利は生活者の利子所得を奪い、それが消費減退につながっていく。

もちろん、国の財政は悪化し借金も膨れ上がる一方で、中央銀行も大量の国債を抱え込んでしまう。

どれもこれも、大きなツケが国家財政から国民生活全般まで、広く押し寄せてくることになる。

それらは、市場での合理的な価格形成を歪めてきた結果のツケであり、恐ろしく高くつく。

われわれ生活者は、本格的な長期投資で生活も資産も守っていこう。