円ドル相場が、162円台に入ってきた。 39年半ぶりの円安水準だとか。
為替相場というものは、麻雀と同じで常にゼロサムゲームの展開となる。
麻雀? そう、一人が買って他の3人が負ける。 あるいは、2人が買って別の2人が負けたりもする。
買った人と負けた人とを合計すると、なんのことはないゼロだ。 全部足すとゼロ、だからゼロサムという。
いま円安ということは、その分だけ米ドルが高くなっているわけだ。
あるいは、円がやたら売られているが、米ドルも売られていて、ユーロとかが大きく買われていることもある。
ともあれ、すべての通貨変動を合計すると、ゼロになるのが為替相場である。
ゼロサムということもあって、一部の識者による日本の財政破綻で円も暴落するといった主張にも同意してこなかった。
円相場が暴落するということは、米ドルやユーロの暴騰に直結する。
米国やEU各国が円の暴落による自国通貨の急騰を、そう簡単には認めまい。
なぜなら、自国通貨が高くなった分だけ、米国やEU各国にとっては輸出が難しくなるのだから。
それは、瘦せても枯れても経済大国の一角である日本の交易条件、つまり輸出が計り知れないほど有利となる。
そういった自国にとっての不利を米国やEU各国はもちろん、中国などもそう簡単には認めるはずもない。
もし、各国が円の一方的な値下がり、つまりとんでもない円安を認めるとなれば、その時は哀れみでしかない。
そう、日本経済が世界各国から同情を買うほど落ちぶれて、救いの手を差し伸べてくれる時である。
そんな事態など、想像もしたくはない。 世界中から憐れみを乞うなんて。
ただ、ここずっと日本経済が辿っている方向は、間違いなく没落への道である。
高市政権が責任ある成長戦略とかを打ち出しているものの、成長の成果をみる前に財政が破綻する可能性も否定できない。
なにより問題なのは、企業はもちろん国民の間でも、やたら国頼みの「ゆでガエル化」が染みついていることだ。
少子高齢化で社会保障費など、国頼みは避けれらないというのも、ゆでガエル化の思考停止である。
思考停止の先では、世界から憐れみを買う劣等国化が待っている、残念ながら。
どうしたらいい? 自助自立の精神に立ち返って、企業も個人も汗をかくしかない。
さもなくば、日本全体ではなく、自助自立の気概にあふれた企業や個人のみが、なんとかなるということに。
