1970年代から80年代前半にかけて、米国もヨーロッパ諸国も経済的に惨憺たる状況に陥った。
どこの国も経済の成熟化で、ちょうど今の日本のような成長鈍化と低迷に苦しんでいた。
そこへ、2度の石油ショックに遭遇して、ダブルパンチを食らったようになった。
米国でいうと、国が正式に石油ショックからの回復を宣言したのは、1992年の8月。つまり、19年後のことだった。
その間、各国の人々の生活水準はどんどん落ちていった。 そこへ、石油ショックによるインフレが襲いかかった。
たとえば、小学校の校長先生が夜にはスーパーでレジを打つなど、仕事掛け持ちでようやく家族を養える状態だった。
政府も地方財政もボロボロで、教員や警官の数を減らしたことによる教育の劣化や犯罪の増加が社会を襲った。
そこで登場したのが、サッチャー首相とレーガン大統領で、大胆な経済活性化策を断行した。
もう国は何もできません、国がやれるのは徹底的な規制緩和と民営化、そして所得税の大幅引き下げだけです。
国民の皆さん、とにかく動いてください、うんと儲けて低税率を享受してください。
そんな荒っぽい政策などお話にならないと、経済学者などからは総スカンを食らった。
商店のおばちゃんや俳優上がりの国家主導者が、経済の何たるかも知らずメチャメチャな政策を始めたと非難ごうごう。
しかし、経済なんてものは生きもので、その気にさせてやればいくらでも動きだす。
3年もすると、さしもの低迷経済もあちこちで活発に動き始め、それが全国に広がっていった。
サッチャー首相やレーガン大統領はいろいろ言われるが、英国や米国の経済を立ち直らせたのは歴史的な事実である。
もうひとつ、案外と知られていないのが、先ずは米国でNPO活動のごく自然体の広まりである。
国も各市町村も財政ボロボロで、ゴミの取集はじめ公共事業全般が滞ってしまった。
こんな状態では、日々の生活にも支障をきたす。 ならば、お金を出せる人が出して、公共的な事業をやってもらおう。
それが、NPO活動のはじまりである。 お金を出せる人による寄付でもって、自治体の仕事を肩代わりするのだ。
そういったNPO活動が一気に広がって、米国の全雇用の9%を創出する一大産業にまで発展した。
お金を出せる人が資金を供給してNPO活動を発展させ、それでもって経済を支える図式が、ごく自然体で広がっていったのだ。
1050兆円もの預貯金を抱え込んでいる日本の個人も、日本経済の活性化にいくらでも貢献できるはずなんだがね。
