ひょんなことから、といっても10年以上の時間の重みのある多くの人々の関わりが、すごい映画を作ってしまった。 その映画、 The TENOR が10月11日から全国同時公開となる。
すごい映画が出来てしまったが、そこには人間の思いや情熱が、これでもかこれでもかと折り重なっている。 それらを身近に目撃し続けてきて、すごいものとはこういうことなんだなと、あらためて感動させられる。
先ずは、音楽やオペラを愛して愛しての輪嶋さん。 本物の音楽を本当に音楽を愛する人々に届けたいという思いだけで、26年ほどまったく儲からない音楽事務所を経営してきた。 彼の本物の音楽や芸術とは何ぞやを求めてやまないこだわりが、これまで数々の才能発掘につながってきた。
その一人が韓国人テノール歌手のベーさんだ。 まだほとんど世に知られていない頃に、輪嶋さんはベーさんを日本へ呼んだ。 そして、一世を風靡した大ソプラノ歌手のコソットさんとの共演を実現させた。
本場イタリアではもう年だといわれていたものの、まだまだその歌唱力は健在と信じて疑わない輪嶋さんの見立て通り、コソットさんは素晴らしいソプラノを聴かせてくれた。 そのコソットさんがベーさんを、かつて一緒に歌ったマリオ・デル・モナコの再来だと絶賛した。
彼女の言葉通り、それからベーさんはあれよあれよという間にオペラの本場イタリアやドイツで主役を張るまでに伸し上がっていった。 これからますます油が乗って、世界で大活躍するぞと大いに期待された、まさにその矢先に甲状腺がんが発症。
ドイツでの手術で一命は取り留めたが、声帯と横隔膜機能の一部を失って歌手生命は絶たれた。 ベーさんは歌うこと、そして舞台で聴衆に感動してもらうことが自分の人生であって、それができなくなってもう生きる意味がないと絶望した。
輪嶋さんはベーさんのあの声をもう一度聴きたい、その思いでベーさんを励まし続けると同時に、世界中をあたってベーさんの声帯再生の道を探った。
最後の最後にたどり着いたのが京大名誉教授の一色先生。 オペラ歌手の声を再生するなんて前代未聞の挑戦と、ずっとためらっておられた一色先生も輪嶋さんの思いと情熱に動かされて、難しい手術を引き受けてくださった。
一度目の手術で、声は何とか出るようになった。 二度目の手術では、本物の音楽に厳しい輪嶋さん立会いの下、テノールの音域に合わせた声を出せるよう微妙な調節を数時間にわたって続けた。 後は、ベーさんの努力次第である。
それから数年後、ベーさんは舞台に復帰した。 ずっと支えてくれた輪嶋さんや日本のファンの前で、先ずは最初に復活した自分をみてもらいたいと、ベーさんは歌ったが涙でぐっしょり。 われわれ聴衆も涙また涙。
京都からお越しいただいた一色先生も、人間の思いや情熱そして芸術は医学や科学を越えますなあと、これまた感動のため息。 80歳を超える高齢の先生のしゃがれた京都弁が、涙の会場を静かに覆った。
この感動の実話が静かに広がっていって、日韓共同で映画を制作しようじゃないかという話が持ち上がった。 とりわけ情熱を傾けたのが、 TJ さんという世界でも有名な韓国人の映画プロデューサー。
実話にいたく感動した TJ さんは、なんとしても素晴らしい映画にしたいという思いを全身で表現する熱さをまわりに振りまいて、この映画製作を推進していった。 彼は全財産を投げ出してでも映画を完成させたいと熱く訴えた。
いま映画が完成して、世の人々の前に出ようとしている。 思い起こすに、輪嶋さん、ベーさん、一色先生、TJ さん、そして多くの人々の思いや情熱が、この映画に結実したんだなあ、すごいことが現実になるんだなあと感動するばかりである。