今日も株価はピンポン玉のように跳ね上がっている。 値上がりの軽いこと、ただただ感心するばかり。
ずいぶんと昔になるが、ガムシャラに運用成績を競っていた頃、ひたすら「もっと儲けてやれ」に明け暮れた。
運用担当者として、投資家顧客の満足をさらにさらに高めていく、それが任務だと。
闘いの場がマーケットだから、個々の相手を意識することはなく、ただ自分が勝ち残っていけばいい。
まさに勝てば官軍であり、優勝劣敗の結果あるのみ。 敗れ去る人々に対し、何の感傷も抱かない。
マーケットにおいては、不正などルール違反は許されないが、道徳観も倫理や正義もない。
そこで考えついた。 そうか、マーケットでどんどん稼いでやって、その分配で世のお役に立てればカッコいいぞと。
不特定多数のプレーヤーによる自由参加が基本のマーケットにおいて、いくら稼いだところで誰にも文句言われない。
そこで得た収穫を世の中の良かれに分配してやれば、社会にとってどれだけプラスとなることか。
これは面白いぞ、もっともっと儲けてやれと、ますます運用にのめり込んでいった。
そのうち、ハッと気がついた。 運用者として頑張っているが、その成果は投資家顧客のものである。
投資家顧客が得た成果を、どうつかうかは自由である。 必ずしも社会への分配を意識してくれるわけではない。
こちらは運用者としての職業に勤しんでいるにすぎない。 それでは、つまらない。
かといって、大きな手金があるわけではない。 どうやったら、マーケットを通して社会分配を高められるか?
ずいぶん考えた。 そうだ、投資家顧客との共同作業にすればいい。 それには、個人投資家を主体とした投信がいい。
どうせなら、目指す方向をはっきり定めよう。 そう、より良い世の中をつくっていくことだ。
こちら運用する方も、人々の生活に良かれと思う企業を応援する投資運用に徹する。
ウチの投信に集まっていただく個人投資家も、先ずはファイナンシャル・インデペンデンスを目指す。
経済的な自立の先で、願わくは世の中や社会への分配を意識していただきたい。
これが、さわかみファンドの原点である。 構想から設立に至るまで、ずっと世の中に良かれが土台にあった。
