さわかみファンドの苦悩? 冗談ではない!

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今朝の日経新聞には、株高に乗れぬ「さわかみファンド」という記事が載っている。

アクティブ型投信の課題が浮き彫りといった論調なんだろうが、こちらとしては「放っておいてくれ」の一言である。

どういうことか? マスコミなどメディアは、その時々の出来事を報道することが仕事である。

とりわけ経済的な出来事においては、関連あるものと比べて記事にすると客観性も高まり、読者への訴えも強くなる。

その比較も、5年とか10年とかの時間軸でもって優劣を語ると、がぜん信ぴょう性が高まる。

また、投信などの場合は、平均株価などとの比較でもって運用成績を云々すると、もう立派な記事だ。

今朝の記事も、そんなところだろう。 読者からすると、さわかみファンドは苦しんでいるんだろうと取りかねない。

はっきりしているのは、そういったマスコミ記事と、投信会社などが負う運用責任とは、まったくの別ものということ。

したがって、まさに放っておいてくれなのだ。 もちろん、そういった記事にいちいち反論する気もない。

ただ、記事を読んで動揺された投資家顧客は気の毒で、ウチの月次報告書などをしっかり読んでねと強調したい。

こちらとしては、10年はおろか、30年50年といった時間軸でもって、投資家顧客の資産を守り育てていく責任がある。

時々刻々と変わるマーケット動向はもちろんのこと、ずっと続いている超カネ余り相場などに浮ついてはいられない。

いつでも、どんな時でも、人々の生活とそれを支える企業活動とが織りなす実体経済から一歩も離れずの投資スタンスを守る。

その上で、長期的な投資価値の高まりを地道に追い求めていく運用に徹する。

それが、投資家顧客の資産形成をお手伝いする長期運用会社が遵守すべき職業倫理というもの。

われわれ本格派の長期投資家はマスコミの評価などに一喜一憂したり、評価を高めようなどはしない。

そんなものは、いまの納得を追い求める価値でしかなく、投資本来のあり様からは逸脱している。

投資とは、将来の納得に向けて、いまの不納得で行動する、それに尽きる。

将来の納得とは、長期的な投資価値の高まりを、ひたすら追い求めることである。

いまの不納得で行動するとは、その将来価値を世の中が認めず、安値に放置されている間に買い仕込みしておくことだ。

ウチの、さわかみファンドはその時々を語るマスコミ報道などに踊らされすことなく、マイペースの長期投資を貫いていくだけだ。