カウンターバランスが効かない経済

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ものごとは行き過ぎると、どこかで反対方向への力が働きだす。

それを、カウンターバランスという。 振り子と同じ現象で、自然の摂理ともいえる。

経済活動はすべて需要と供給でもって、バランスが取れられる。 これも振り子の現象である。

たとえば、なにかが不足しだすと、価格が上がる。 それをみて、供給を増やそうとする動きが高まる。

供給が増えてくれば、価格は下がりはじめる。 これら自然なる価格形成は、きわめて合理的な展開である。

ところが、そこへ人為的な力が働くと、価格形成が歪みだす。 つまり、経済合理性を踏みにじってしまう。

そして、そのうちどのあたりの価格帯が合理的な価格水準なのかも分からなくなる。

その典型例が、日銀による金利の抑え込みと、国債の大量買い取りによる価格の下支えである。

日銀はここまでずっと2%のインフレを実現し、日本のデフレ感を一掃させるためと主張してきた。

その横で、国は野放図な財政拡大を続け、国債の発行残高は1000兆円を超えるまでになった。

通常ならば、国債の大量発行は国債つまり債券価格の下落と、金利上昇を招くはず。

あまりに金利が高くなりすぎると、もうこれ以上は国債を発行できないという、振り子現象が働き出すわけだ。

それが、経済では当たり前の姿。 だが、日銀はYCCとかいって金利抑え込み政策を崩そうとしない。

その結果、「日本の金利は上がらない、上がりようがない」をもって、マーケットでの価格形成とされてきた。

きわめて人為的な、つまり政府日銀による経済合理性を無視した国債価格の維持安定化策の結果である。

そういった人為による価格形成をベースとして、日本の経済活動全般が営まれているわけだ。

おそろしく歪んだ価格形成の上で織りなされている経済活動だ、果たして永続できるものだろうか?

昔から、市場のしっぺ返しという言葉がある。 人為によって歪められた価格形成は、どこかで大きく崩れる。

人為を超えた力が働く、そう経済合理性が人為の横暴を許容しなくなった瞬間、すべてがガタ崩れとなる。

その寸前まで歪みに歪められてきた価格形成が、一転して逆方向に大きく振れるわけだ。

その時は、巨大なカウンターバランスが働くことになる。 当然のことながら、政府日銀といえども打つ手なしだ。

一方、人々の日々の生活は、そう大きく変わらない。 そこが経済合理性の発生源となる。