長く、そう半世紀を超えて投資運用の世界で生きてきて、生き残りの難しさをつくづく思う。
投資運用ではマーケット変動とどう付き合っていくかが問われる。
そのマーケット変動だが、学校で国語とか古文の授業で学んだ、鴨長明による方丈記の一節が思い起こされる。
そう、「往く川の流れは絶えずして、しかも元の水にあらず」と読まれた、あの一節だ。
マーケットでは、その時々の投資家達による利益追求が折り重なって、上がったり下がったりを飽くことなく繰り返す。
それこそ川の流れのように、昔も今もずっと絶えることなく、欲の突っ張りによる上がったり下がったりを続けているわけだ。
そんな中、川の流れの水でもある投資家たちは、次々と入れ代わっていっている。
どの投資家もマーケット変動に乗って儲かったり損したりを繰り返しているが、多くは押し流されて消えていく。
そこを生き残る投資家は古今東西、早めに利益を確定してマーケットから離れた人だけと、相場は決まっている。
昔から「利食い千人力」といわれたり、「鯛の頭と尻尾はくれてやれ」といった、投資家にとっての金言が教えてくれている。
つまり、マーケットにどっぷり浸かって欲の皮をとことん突っぱるのではなく、そこそこの利益で良しとすべしだ。
その点、機関投資家は「音楽が鳴っている間は踊りを止められない」で、自分の判断でマーケットから離れるなんてできない。
マーケットとの成績対比で評価される彼らからすると、ひたすらマーケット動向についていくをもって運用としている。
年金など巨額資金を運用する機関投資家が「鯛の頭をトコトン追いまくる」流れをつくっているのが、世界の株式市場である。
彼らは上昇相場を最後の最後までついていく。 その限りにおいては、まだまだ株価の上値はあるといいたくもなる。
現に、米国株や日本株の新高値追いのマーケット展開につながっている。
そんな機関投資家達も、どこかで経済合理性の刃に切り裂かれるや、不可抗力でしたと弁明して今度は暴落相場についていくだけとなる。
大きな資金を運用する機関投資家達の、なんともおぞましい運用スタイルが世界の株式市場を支配してしまっている。
われわれ本格派の長期投資家からすると、そういった株式市場の現実などに振り回されることなく、経済合理性に沿った運用を続けるのみ。
そして、堂々と生き残るだけでなく、次の買いチャンスに備えるのだ。
